学校の落とし物


1タームが今日で終わります。

昨日、『Lost Property Display』がありました。
忘れ物落とし物の展示。

もちろん男児2名の親である私は見に行かなければ・・・
と行ってみました。
どこに展示されるんだろうか?と思っていたんだけれど
室内ですらなく、まさかの外通路(階段含)に展示っていうか
バババーってゴミのように並べ・・・
(いや並べるというほどでもない)
られていました。

ウケる(笑

いつも期待を裏切らない。。。
この緩すぎる感がほんと大好き。
 
 
 
で、今日、いつもの落とし物置き場に行ってみました。

「全く減ってなかった!!!」

ほとんど取りに来てない!!

確かに私が見に行った時間、私以外見てるお母さん居なかった。
1人だけ「Bad smell…」って呟きながら眺めていた人がいたけれど。
みんなほんと、気付かないのかな、気付くけどそのままなのかな。
制服なんて減ったら困ると思うんだけど。
(全部は映りきってないけれどこの写真の奥の方は制服がいっぱいです)
 
 
そこでふと思ったんだけれど、
もしかして、私は親としていつまでもどこまでも管理し過ぎてる?
制服の数なんて子どもに任せていたら気付かないもんだよね。
何が何枚あって、今クローゼットに何枚あるのか、
そんなことまで私は今でも管理しちゃってるのだな、
と今回の出来事を受けて考えていて気付きました。

学校の子どもたちは当たり前のように落とし物置き場を知っています。
自分が困ったらその時自分自身で見に行くことが出来る。

それでいいんだなぁ。。。

でも、一貫性が無ければいけないんだと思います。
例えば、「制服が足りない」って言われたときにどうするのか?
買ってあげるの?
本人が無くしたんだから自己責任でしょ?とお小遣いで買わせるの?
それともそれがジャンパーなら寒かろうが無しで過ごさせる?

そういうのが「こうするんだ!」みたいに信念持って子どもに向かい合う!
とかじゃぁ無くって、当たり前のようにさらっとってことです。

子どもって鋭いので、親が信念とか持っちゃってたらそれはそれで
やっぱり最終的には親を頼りにしちゃって任せちゃうんだろうと思います。
それに結局は「無くなったら無駄にお金がかかる」ってことで
やっぱり親も一緒になって管理しないといけないことになるので。

責任感って、責任を感じて初めて生まれるものなのでしょうしね。
 
 
あ、ノスケくらいの年齢は話が別です。
だって、普段はゴミ箱(みたいな入れ物)に入ってるんですけど、
それとっても大きいので、小さい子には中が見えません。
こんなのです。

それにノスケくらいの子なんて、落とし物忘れ物は当たり前。
それでも自分にとって大事なものだったら親に言って一緒に探すんだろうけどね。
低学年までは、自分で何も負ってなくてOKだと思います。
リュックサックくらいは自分で背負ってもらいますけど!!
気持ちの問題です、気持ちの。
10歳も超えた太朗クラスの子について思った話です。
 
 
私は徐々に子離れ出来てるかなぁ。

私にとっての子離れとは、

「この子を私が育てている」

みたいな気持ちが薄れていくことかなぁ。


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