誕生日と兄弟喧嘩、母の想いと子の気持ち

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7月5日は私(Aiko)の誕生日でした。
ものすごくいろいろゴタゴタした一日でした。
大切な話し合いも行ったので、ここに書き残しておこうと思います。
 
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普段いろんな細かいことにはワクワクする私ですが、
そういうイベント・季節の行事などにはなぜかものすご~く
ワクワク度が低いので、FBでも誕生日は非公開設定(苦笑
子育てをしていると、季節の行事をもっと充実してあげないとなぁ
など思うことは多いんですけどね。
昔からそこはどうしても盛り上がれません。
(あ、年越しだけはめっちゃワクワクします。)

しかし、太朗は毎年誕生日を誰よりも祝ってくれます。
今回も、何日も前から太朗に
「お母さんの欲しいものを教えて」
と何度も聞かれていました。特に物欲の無い私はその度に
「うーん、考えておくね」
と答えていましたが、、、何度目かにふと

「太朗がわぁわぁ騒いているとき鎮められる券100枚。」

と思いついたものを伝えました。
太朗は「100枚も!?」とビックリしているので
「100枚あれば3日に1枚使ったとして、それだけあれば1年間
なんとか過ごせそうな気がする。」
と説明を補足してあげました。
太朗は「えー!?」と声をあげ、3秒ほど黙っていましたが
「あぁ、、、確かに」と納得したようでした。
(3日に1度ほどの頻度に自覚あり)

また時間が経って、同じ質問を受けたので 

『太朗が自由自在になる券100枚ほど』

そんなやり取りを繰り返した後、やってきた誕生日。
前置きが長くなるので細かいことは端折りますが、
子どもたちからいろいろ頂きました。

ノスケからはいろんな折り紙を。
(事前に準備していたのではなく、朝起きて雰囲気的に何かしないと
ヤバいと感じ、折りたいものを折ってそれを渡してきた雰囲気)

ノスケは、誕生日にはたっぷり人形が欲しいそうです。
なんともノスケらしく微笑ましい私宛へ(?)の誕生日カード。
 
 
太朗からはお手紙を

翻訳アプリを使いながら頑張って英語にしてみたようです。

ついに母の私は太朗に褒められ、そして励まされる立場に。

「誕生日」が平仮名になっていることに一抹の不安を感じつつも
母としてこれはとても嬉しい誕生日プレゼントでした。

そして、私が言った、太朗が自由自在になる券については、
前日の夜、いろいろな騒ぎが巻き起こりまして・・・
太朗が頑張って作ろうとしていたけれど思うようにならず大騒ぎに。
わーわーしない券を、最高にわーわーしながら作るという可笑しさ。

結果的に、どうも夫が作ってしまったようでした。
「わーわーしない券」

ついでにノスケのも
「おもしろいことをする券」

 
 
この券を発動するときはあるのかまだ不明ですが、
それぞれがそういう気持ちは持っていて、こういう券を渡した、
という経験は何にも代えがたいことだと思います。

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ところで、その日の夕方から我が家は大荒れでした。
まぁいつもの兄弟喧嘩が発端ですが・・・
お迎えした際に太朗が異様に疲れている風だったので、
(授業の最後がクロスカントリーで全力4キロランニング)
多少そうなる予測は出来ていたのですが、酷かった。
太朗とノスケ、どっちが車のドアを閉める閉めない(その程度のこと)で、
最終的にはガレージで太朗がリュックと本と水筒などを
地面に叩きつける大惨事に(苦笑
本を大切にしてーーーー水筒が壊れるーーーー

そこからはもうグダグダ。太朗疲れてたからね。
最後には私ももー堪忍袋の緒が切れて、寝る前に
私と太朗とノスケで1時間半におよぶ話し合いを持ちました。
(大半は私が嘆いていただけです)

兄弟として過ごす時間は長いようでいて実は短い。
「今、目の前にいる互いの姿」それが記憶に残る。
大人になってからも付き合いはあるかもしれないけれど
今のようにずっと一緒にいるなんてことは無い。

今、太朗の目に映っているであろうノスケの姿、
ノスケの目に映っているであろう太朗の姿、
お互いにそれをちょっと想像してみて、、、
大人になったときに思い出すお互いの姿、
それでいいの???その姿でいいの???

将来のために今我慢しろと言っているのでは無い。
今、本当に自分はそれでいいと思っているか、
ということを少し立ち止まって考えてみて欲しい。

ほんの少しの思いやり、それが柔らかい人間関係を作る。
そのほんの少し、ほんの少しがどういうことなのか
具体的にどうするってことなのか考えてみて欲しい。

のような話を二人にしました。
(実際にはもっと長くてクドい不要な話&愚痴付き)

「ちょっと向こうで二人で相談してこい。」
と別室に行かせると、ほどなく二人は戻ってきて、太朗が
「僕が我慢するってことになった」
と言います。横で大きく頷くノスケ。

がびーん!!

母はそんなことを言っているのでは無い~
が、二人の性格から考えれば、話し合えばそうなるか、やっぱり。

「お母さんは、太朗が悪い、ノスケが悪い、そういうことを
 言っているのでは無い。強いて言えば今一番悪いのは、
 今、一番我慢出来ていないお母さん。
 ただ、思いやるということは我慢することとは違う。」
と伝えました。

しかもなぜか、太朗が自分のお小遣いを全部差し出してきて
「これ、ノスケが割ったガラス代と、車を傷つけた修理代にして」
と言ってきました。なぜ太朗が・・・
ノスケはそれを見てももちろん自分のを差しだしたりはしません(苦笑

一度、ノスケを別室へ行かせ、太朗を抱きしめました。
「太朗がいつも我慢してるってことは十分分かってる。
 いつも助けてくれてありがとう。
 でも、太朗が我慢する必要なんて何もない。
 お母さんだって、こうやってワーワー怒ったりするし
 結局こうやって我慢できずに二人に文句言うし。
 太朗、いつも太朗が我慢してて辛いねぇ・・・」

太朗のワーワーしない券を要求しておいてあれですが・・・
 
 
いずれにせよ!!!

気持ちを持ち直してからみんなで寝たかったので二人に

「このままで寝たくない!!二人で相談して、何か面白いことやって!!」

と無茶ぶり。
二人はまた別室へ消えて行きました。

しばらくするとノスケが、次に太朗が、これらを持って来ました。

左が太朗、右がノスケの絵です。

二人の考える「面白い絵」
 
太朗は「直線だけを使って書いた絵」
ノスケは「面白い顔をした人の絵」
 
3人で爆笑し、みんなでごめんねごめんね言い合って終わった、
そんなてんやわんやな誕生日の一日でした。
あー疲れた疲れた。
 
 
結局、太朗もノスケも、もんのすんごい母思い。
母はそれが分かった上で、存分に二人に甘えているのです。
一番わがままなのはやっぱり、、、きっと私。
受け入れてもらって、受け入れる。
どっちが先か、なんて分からないけれど。
思っていることを口に出して表現すること、たまには必要だよね。
私はそういう見本にもなっているつもりです。
 
 
来年の誕生日は、どこで、どんな風に過ごしているかな。

遠くない未来、バラバラに暮らすことになるけれど、
太朗もノスケも大人になって、たまにみんなで集まったときにでも、
あんな日もあったねと、思い出話として面白く語りあえるといいね。
 
 
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ここ最近、私たちの今後を様々な観点から考えています。

私たち家族のNZ生活はちょうど半年経過しました。
子どもたちの「母国語」そして「アイデンティティ」の確立
について、様々な決定権を持つ親として、個性の違う2人、それ
ぞれをどのように導くべきか、深く考える今日この頃の私です。

今日のブログに書いたような出来事、話し合いも、私が日本語を
それなりに使いこなせているからこそ出来ること。
頭の中でぼんやりイメージ出来ることを言葉に表現出来るよう、
子どもの語彙力をここからどう伸ばしていけばよいのか、改めて
また考えたいと思います。

それはまた別途、ここへ綴っていければと思っています。
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